日本の中心は東京にあり。

今や、国際都市とも呼ばれるようになった東京。大阪にもいろいろあるとはいえやはり東京にはかなわないと思います。わたしも東京で過ごした10年間が、自分の考え方や感じ方に大きな影響を与えたと思っています。まずは教育、これはいろいろな地域で学生と話してみると分かりますが、東京の子たちの話題は高度です。文化、音楽に関しても一流はみな東京に集まります。食、はずれがない。特にマグロなどの高級魚は絶対においしい。しかし、生活するのは大変でした。でも、東京のこのような環境にふれることは大切です。現在東京から列車で乗り換えなしでいけないところは、本州では石川県と福井県と三重県と奈良県と和歌山県、四国では香川を除いた県、九州も福岡を除いた各県へは乗換えが必要となります。特に九州はいままで東京からは乗り換えなしで全部行けたのですが、長距離列車が新幹線に置き換わってしまったので、熊本と鹿児島は大阪で直通の新幹線に乗り換え、長崎は博多で、大分方面は小倉で乗換えとなります。それでもかつての寝台列車に比べて所要時間がかなり短くなっています。
 小田原城址(じょうし)公園(小田原市城内)の天守閣で4日から特別展「小田原城甲冑(かっちゅう)展」が始まった。7月18日まで。市と社団法人・日本甲冑武具研究保存会(東京・新宿区)の共催。同会創立50周年記念事業として10年ぶりの開催となった。

 特別展は「戦国から近世の甲冑」と題してかぶとやよろいなど41点を公開。小田原藩主・大久保家伝来の「金小札(きんこざね)紫糸(むらさきいと)威(おどし)二枚胴(にまいどう)童(わらべ)具足(ぐそく)」や、豪華で色鮮やかな「桐唐草(きりからくさ)鳳凰(ほうおう)丸文(まるもん)金襴(きんらん)大(おお)久保(くぼ)藤紋(ふじもん)陣羽織(じんばおり)」が、国内で初めて展示されている。

 展示品は上杉景勝ら戦国武将が着用した貴重なものばかり。鉄砲の普及など戦い方の変化に合わせて、例えば甲冑の総重量が約35キロから約10キロへと軽量化。権威を示すため意匠を凝らしたよろいや、異形の変わりかぶとも登場するなど、武家社会の歴史に興味を抱かせる。

 防具としてではなく美術工芸作品として、デザインや高水準の皮革加工や染色技術による機能美、造形美を鑑賞するのも楽しみのひとつ。「歴女ブーム」といわれる中で、若い女性ファンを魅了する要因にもなっているという。

 同保存会は「門外不出といわれているものもあり、これだけの優品が一堂に展示されることはあまりない。歴史愛好家だけでなく多くの方にぜひ見てほしい」と話している。入館料は大人400円、小・中学生150円。問い合わせは、小田原城天守閣電話0465(23)1373。

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 道の駅しんよしとみ(上毛町大ノ瀬)に先端が二つに分かれて双子のように成長しているアスパラガスが持ち込まれた。穴田矩正駅長は「話題を提供したい」と話して、週末、店頭で公開する。
 同町安雲の「百笑クラブ」の大森勝代表が1日朝収穫したもので「7年ほどアスパラガスを栽培しているが、先端部分が枝分かれしているのは初めて」という。北九州市総合農事センターは「何らかの原因で新芽の先端が傷つくなどして枝分かれすることはある。そうしたものは市場に出ず目にしないので、考えようでは話題性にはなるかも」と話している。【陣内毅】
〔京築版〕

6月4日朝刊

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 ◇「私は絵を残す、あなたは写真を残して」
 ◇世界記憶遺産登録・画家、撮影のお礼に贈る
 国内で初めてユネスコの「世界記憶遺産」に登録されることになった田川市の炭坑画家、山本作兵衛(1892〜1984年)の水彩の原画6枚を赤村山浦のアマチュア写真家、橋本正勝さん(84)が大切に保管している。かつて撮影したプロフィル写真などが作兵衛に気に入られ、お礼にもらったといい、今回の快挙を率直に喜んでいる。【荒木俊雄】
 橋本さんは、10歳の誕生祝いに母親から段ボール紙でできたカメラを買ってもらったのを機に、写真に興味を持つようになった。終戦直後の1947年から閉山の64年まで田川市の三井田川鉱業所で竪坑(たてこう)の保守・点検業務に従事する一方、趣味で坑員の表情などを撮り続けた。
 田川郷土研究会がヤマの記録展を企画した際、自分の写真を提供するとともに、作兵衛のプロフィル写真などを撮影。その際、作兵衛に作品を気に入られ、坑内労働の様子などを描いた水彩原画6枚をもらったという。原画は桐(きり)ダンスに大切にしまっていたため、40年以上たった今でもほとんど古さを感じさせない。
 橋本さんは作兵衛について「絵を描いている時は非常に威厳があり、声をかけづらかった。驚くほど記憶力も良く、作業機械のボルトの数や位置までぴったりだった」と振り返る。
 ◇写真展開催へ
 「『私は絵を残すから、あなたは写真を残してください』と作兵衛から言われた」と、橋本さん。その言葉に応えるべく、7月2日からと8月2日からのそれぞれ約1カ月間、田川市石炭・歴史博物館で「ヤマの写真が伝えるもの」と題する写真展を開くことにしている。
〔筑豊版〕

6月4日朝刊

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